月下星群 
“人の噂も…”
  



  「なあおい、見たか聞いたか、あの騒ぎ。」
  「何だよ何だ。」
  「今朝の港での一悶着だろ? 見たさ、勿論。」


 港に間近い立ち飲み屋は、昼餉どきを迎えての賑わいに沸いており。午前中の一仕事を終えたクチの筋骨隆々とした力自慢たちが、まだ陽があるというのにジョッキ片手に威勢のいい胴間声を飛ばし合う。安酒とうまいつまみが評判のこの店は、荷の揚げ下ろしに従事する逞しき労働者たちが、その日その日の目覚ましき事件を誰がどこまで詳細に明るいか競い合ったり、侭ならぬ何やかやへの鬱憤を零してく場所でもあって。今日は何だか皆が沸いたほどもの騒動でもあったのか、常連たちがどの顔も妙に興奮気味であり、
「どうしたね、そんなに大騒ぎして。」
 カウンターの向こうから、朝一番からのずっと此処を離れられなかった、やはり丸太のような腕をした、元は荷役だったというマスターが水を向ければ、
「どうしたもこうしたもねぇよ、おやっさん。」
「ここの海域に凄んげぇ海賊が迷い込んで来てよ。」
「海賊が?」
 途端に、マスターがその雄々しい体躯なのにもかかわらず、おいおいと眉をひそめ、肩をすくめたのもさして大仰な態度ではないようで。噂話の口火を切った面々たちが、まだ騒動を知らなかった相手へと、話す側の快感を満面に浮かべ、そう思うだろう、そうなるだろうと文字通りの訳知り顔で頷いて。
「何たって此処は、海軍本部直属のミンス中佐の管轄だからな。」
「守りも万全、一体どっから潜り込んだやらってもんでよ。」
「きっと新兵がうかーっとでもしていて見逃したってトコなんだろうが。」
 けしからん話だ、うんうんと。二の腕の真ん中に錨の刺青を入れた大男が、そのぶっとい腕を組んで鷹揚に頷いて見せてから、
「それっていうのがまた、小せぇ船だ。見逃しても仕方あんめぇってほどにな。」
 今時じゃあ商船どころか個人の旅船だって、もっとこう、頑丈なってか見栄えがいいってか。も少しがっつりと大きいものだろうに、
「舳先には素っ惚けた顔の羊がついててよ。」
「そうそう。湾内巡りの遊覧船かいって思ったぜ。」
 がはは…と嘲笑った下品な声へ、

  「………。」

 聞くともなく会話を拾っていたらしい、奥まったボックス席についていた別の客が。ひくりと、テーブルに置いていた手を震わせる。遊覧船の関係者が、引き合いに出すことで馬鹿にするなと思ったか。とはいえ、連れがそれへと素早く気づいて“まあまあ”と穏やかそうな笑みを向け、宥めてやってはいたけれど。

「その丸っこい羊の上へ、これまた子供みたいなおチビさんが、機嫌よさそうに乗っかってやがって。…ああ、俺が見た訳じゃねえ。水先案内の艀(はしけ)ん乗ってた、エンリィおっちゃんが見たんだそうだがの。」
 その子は腕を肩のところから ぶるんぶるんって振り回してて、いかにも好戦的な構えでいたんだが。すぐにも他のクルーたちに引っ張り降ろされてやがったから、船長の子供か何かかね。
「最初はよ、許可無くして入って来たっていう、そういう港湾法違反の臨検破り、ちょっとした違反船かと思ったらしいエンリィ親父が、なんてこともなく眺めていると。」
「巡視船の、それも砲座がついてる中型のがよ、港の奥まったとこからザザザッて飛び出して来た。」
 日頃はせいぜい一番小さいので間に合わせてて、せいぜいが軍の偉いさんが来るときの景気づけ、頭数だけそろえて威勢を示すためにしか機能してないような性能の高いのが、
「そりゃあ凄い勢いで飛び出して来て、ミンス中佐直々、拡声器構えて。
【そこのキャラベル、停まりなさいっ!】と来たもんだ。」
 いつの間にやら聴衆が増えており、それを意識しての語りに合わせ、おおうと周囲の面々が囃し立てる。
「え? ミンス中佐が出て来たほどだったって?」
「なに、海賊が入り込んだなんて、何年振りかの事態だからサ。きっと連絡系統が焦って大袈裟に伝えたんさ。」
「ああ。確かに海賊旗らしいのを掲げてはいやがったがよ。あんな小さい船で、しかも、乗ってたのがこれまた、若造ばっかだったって話だし。」
 何しろ今でも“大航海時代”には違いなく。しかも、此処、グランドラインは、そうなった発端、ゴールド・ロジャーの遺したとされるお宝目指して、世界中の海賊たちがなだれ込んで来たは良いが、曲がりなりにも“魔海”とまで呼ばれる難儀な航路、半端な連中は淘汰され、その結果、多少は骨のある顔触れしか生き残れなかったとされてもいる海域だから。
「若いってコトはあれか? 内海育ちの世間知らずか?」
「大方その辺だろと思うぜ?」
 近年になって、ワンピースの伝説を直には知らぬ顔触れが、台頭することも多々あるらしいが、そういう手合いは古株の強かな連中とは一線を画しており、海の何たるかも分かってはいない、正直言って頭でっかちな連中が大半なのは否めない。そんなせいもあって、よほど有名で、尚且つ、長くその名を轟かせてるクチの海賊でもない限り、海軍関係者以外には、旗印だけで何て海賊かまでは網羅出来たものではなくて。年若なクルーと聞いて、皆して小馬鹿にしてしまっても、まま仕方がない反応だったのだけれども。

  「ところが、だ。」

 その舌に油が乗って来たか、最初っからの語りだったお兄さん、講釈師も顔負けの間合いを取ってから、さてさてとお話を進めて下さる。
「停船命令の掛け声がすっかりと消え切らぬ前に。そのキャラベルの舳先の根元辺りに、いつの間にやら男が一人、立ってやがったらしくって。」
 そいつもやっぱり若かったんだが、腰に提げてたのが3本もの和刀。俺は知らねぇんだが、何でも外海じゃあ結構有名な海賊狩りだった男だそうで。そいつが白旗でも掲げてりゃあともかく、

  「これ見よがしに、ケッて。侮蔑の眼差しってのをくれてやったらしくてよ。」
  「…何じゃそりゃ。」

 そうと判るほどの接近だったのか? いやいや、物見が双眼鏡で確かめたらしい。それをそのまま伝令させたもんだから、ミンツ中佐は怒髪天ってやつで、そりゃあもうもう怒ったのなんの。投降する気配なしってんで、砲弾を…威嚇にだろうが ぶっ放したからその界隈は大騒ぎ。

  ――― ところがところが、

「その若い男が、いきなり抜刀したかと思や。羊へ目がけて発射された大砲の砲弾に、ばさーっと斬りつけやがってよ。」
「え?え? 刀で、かい?」
 そりゃまた凄いとマスターが驚いたのは、半分ほど呆れてのこと。それをこそ“くつくつ”と笑いつつ、
「そうそう。フツーはそんな馬鹿なことして何になるって思うわなぁ。」
「…フツーは?」
 まずは速さについてけまい。それからそれから、炸裂砲ではないにせよ、鉄の塊という凄まじいまでの重さと、そんなものを宙へと打ち出すほどもの勢いとが乗った大砲の弾なのだ。船腹を抉るほどもの威力があろう、恐ろしい攻撃。普通ならば頭を抱えて退避するものだろに、人斬り包丁みたいな華奢なもんで対抗出来る訳がないと。誰だって思うところだが、

  「その若いのがぶんっと振った刀の切っ先は、
   そりゃあ見事に砲弾を真っ二つにしやがったらしいぜ?」
  「何だって!」

 マスターが目を剥けば、それこそが待ってましたのリアクションだとばかり、カウンターに居並んだ筋肉自慢の噂スズメたちが大きに賑わう。
「ありゃあ将来はひとかどの海賊になるぜ?」
「ああ。ゴール・D・ロジャーには届かずとも、何かしら伝説くれぇは作りそうだ。」
「白髭や赤髪みてぇにかよ。」
「行くんじゃねぇの? まだ若かったそうだからよ。」
 まるで我が手柄の如くに嬉しそうに、ひとしきり囃し立てた彼らだったが、

  「ただまあ、その後がいけねぇやな。」
  「だよなぁ。」
  「何がだよ。」

 勿体つけねぇでスパッと話せよと、マスターが急かしつつ、これはサービスだと新しいジョッキを常連たちへと振る舞えば、それを待ってでもいたものか、男たちはにんまりと笑い、
「いや何。その剣士の大活躍は見事だったんだがよ。」
「そうそう。ただ…すっぱりと羊羹みてぇに叩き切った砲弾の片方が、メインマストにぶち当たってな。」
「何か めきめきって嫌な音がして、それと同時に船の進み具合も横へ横へと逸れてってよ。」
 それって、まさか。
「船上が大騒ぎになりの、カッコつけてた剣士が袋だたきに遭いかかりのっていう。寸劇みたいな騒動を乗っけたまま、その船はいずこともなく消えてったらしい。」
「待て待て。海の上でどうやって消えられるんだ。」
 まさかに沈みでもしたか? マスターが腑に落ちんと怪訝そうなお顔をしたのへ、
「何でも、その船を見守ってた 船という船全部の操舵手全員が、その手を動かせなくなっちまったらしくてな。」
 ある船の操舵手は全く見当違いの方向へと船を走らせるわ。別の船の操舵手は、自分の手が3本になったと叫びながら、半狂乱になり船橋(ブリッジ)から飛び出すわ。
「…何だそりゃ。」
 さてなと皆して小首を傾げるやら、
「よほど大物海賊の、ガキや親族の手持ち船だったんじゃねぇのか?」
 後難があるのに恐れをなして、わざとらしい奇行でもって、捕まえさせんのを妨害したのなら、海軍つっても大したこたねぇなと鼻先で嘲笑するやら。
「ともあれ、何ともトンマな海賊さんでよ。今のところは見つかってないが、どうせその内、派手めの捕り方が始まろうから、おやっさんもそれだけは見逃しなさんなよ?」
 わははと沸いてその話は案外あっけなく幕を引いた。そりゃあそうだろう。現に今、こんなに平和で“コトも無し”なのだ。大勢で鬨の声を上げて町へと乗りつけ躍り込み、誰彼の見境なく蛮刀を振るって切りつけて回り。金銀お宝や食料のありったけを略奪した末に、町に火を放って追っ手を削る…というような。いかにもな蛮行を仕掛ける海賊は、この何十年も現れずであり。これもまた海軍の警戒のお陰様なのだろうが、それへと匹敵するだけの高い税金を一般民たちは世界政府に支払ってもいるのでと。そうそう“ありがたや、ありがたや”という畏敬の念でばかり、海軍へと対している訳でもないらしい皆々様であり。こんな間抜けな海軍に捕まるようじゃあなと、微妙に海賊へも同情するよな声が出たところで、休憩も終了ということか、遠いサイレンの声に呼応して、荷役の男たちはぞろぞろと店から出てゆく。引き潮のような勢いで彼らが去って行った後を、マスターの娘でもあろうか、十代そこそこという年頃の少女らが二人ほど、テーブルやカウンターの片付けに回っており、
「あ、お嬢さん。こっち、コーヒー2つねvv」
「はいなvv」
 観光客だろうか、しゅっとしたスーツを着た青年から、しかも“お嬢さん”なんて呼ばれた娘が、にこやかに笑って愛想を返した。そのテーブルには、もう一人、少女たちよりは年上の、それでもまだまだ“少女”という範疇内の女性が座っており、
「…そっか。笑い話になってんだ、やっぱり。」
 あ〜あだなと、残念そうなお顔になった彼女へ、向かいに座っていた金髪痩躯の青年がくすくすと笑って見せる。
「そうは言いますが、あのオチはいけませんや。」
 まあ、マストは結局折れなかったからよかったものの、ウソップがどれほどカンカンになってたか。
「あんのマリモ頭め、しゃしゃり出たからには最後まで責任取れってんですよ。」
「でもまあ、追尾をどうにかしよって買って出てくれた気持ちは判るじゃない。」
 少なくともあの砲弾は不味かった、ああでもしなきゃあ…どうなっていたかと、みかん色の髪をした少女が肩をすくめる。
「ルフィがゴムゴムの技の1つでも出してたら、町中に知れ渡っちゃうわ。」
 何たって…懸賞金付きだっていう手配書は、こんなのんびりした町へも一応出回っている。さっきの会話を聞く限り、旗印からだけではどれほどの海賊なのか、一般民にはまだ判らない程度の衆知みたいだけれども、
「ルフィを矢面に立たせたら、あっと言う間に…湾内のみならず、町の中へまで非常線が張られちゃうわ。」
 ゾロにだって懸賞金はかかっているけど、あいつはいかにもの恐持て。そうじゃないお気楽そうな顔触れへまで警戒されて、店が全部閉ざされちゃうって事態だけは、避けたいじゃない…と。こそこそっと言い返したお嬢さんへ、

  「さっきは笑い話扱いへ不満そうでいたのにね。結果、目立たなくって良かった、かね。」

 背後からの不意なお声がかかって、

  「…っ!」
  「…なっ!」

 ナミが、サンジがギョッとした。さっきのサイレンで客の全員が出てった訳じゃあないのは判っていたが、こんな間近にも残ってる客がいたなんて、今の今まで気づかなかった。人の気配には結構鋭いつもりだったし、そんな話題を口にしていたのだ、常よりも周囲に気を配ってからだったつもりが、
“話まで聞かれてる?”
 こんな迂闊はさすがに反省ものだし、今はそれよりも…相手の態度の主旨が気に掛かる。自分たちを今さっき話題になってた海賊の一味らしいと踏んだなら、海軍基地かその出張所までご注進と走ればいい。そんな密告ではお駄賃くらいにしかありつけないなら、捕まえれば良いのであって。となると、やはり直接声をかけるのは手順としておかしい。
「………。」
 一体どういうつもりかと、これでもクルーの中では用心深い方のナミが、細い眉をぎりりと寄せて見やった相手は、一見して判る海の男であり。潮に灼いた肌は精悍。何度も水をくぐらせましたというしおれた服装の、だが、不思議と萎えた感じは受けないいで立ちをしており。眼差しに申し分のない生気を満たした、そのくせ、ざっかけない雰囲気をまとった気さくそうな男であり。
「おやおや、すまない。盗み聞きはよくないよな。」
 隣のボックス席に一人で座を占めている彼は、だが、連れがいたらしく、テーブルには結構な量の皿やグラスが載っている。先払いの店なので、まさかにこのままトンずらする間合いを伺ってるとも思えずで、一緒にいたのだろう連れでも待っているのだろうか。
「…あの。」
「俺も、海賊騒ぎは聞いた。つか、結構間近い岸にいたもんでね。遠目ながら悶着自体も見てた。」
 そうと言って…にんまり笑った笑顔が、

  “…え?”

 どうしてだろうか、ずんと既視感のある笑顔であり。ナミもサンジもハッとしたほど。でも…会った覚えなんて本当にないのに、どうしてそんな感触を?
“こんな印象的な人、一旦会ったら忘れようがないもの。”
 用心しいしいという見方をしていた、その不意を突くように。とんっとこちらの肩を親しげに叩いたかのような、それはそれは力と張りの籠もった笑い方を屈託なく向けて来る。様子伺いなんて態度がいかに卑屈だったかと恥じ入らせるには十分な、陽気で明るくて…威風堂々とした笑み。
「何か面白い海賊だったもんな、あいつら。」
 呆気にとられている二人をよそに、男は愉快愉快と片やの膝をパンと叩き、そりゃあ豪快に笑って見せる。
「きっと港に入っちまったのも、うっかりしてのことなんだろうがよ。舳先にいた坊主も呑気者なら、後先考えてねぇ剣士も腕はともかく大概だったし。」
「…うう。/////////」
 かんらかんらと楽しそうに笑う彼からの評へ、ついつい冷や汗が出る二人だったのは。彼が言ったその通り、本当は宵に紛れて湾内へ忍び込むはずだったものが、大潮の暦をうっかりと読み間違えたという、ナミの…一生に一度有るか無しかの凡ミスこそが、コトの発端だったから。そこへ加えてのお仲間たちのこき下ろしと来て、怒っていいやら、いや待て、此処は一緒に笑った方が良いのかもと、心中複雑な彼らだったのだけれども。
「どういう魔法を使ったか、尻に帆掛けて逃げた足だけは鮮やかだった。」
 くくっとまだ笑いの余燼を残した声音でそう付け足して…それから、

  「此処の中佐は、腹心や側近が胃に穴を開けるほど頑固で堅実だ。」

 不意に、真摯な声となり、男はそうと呟いた。
「甘く見てると足元を掬われる。子供の挑発に乗るような小者と思って侮ると、えらい目に遭うから気をつけな。」
 打って変わっての冴えた声。別な誰かと入れ替わったかと思ったほどで、キョトンとしているナミからの凝視に、再びふっと、肩から力を抜いて笑って見せると、
「…と、まあ。連中が目の前にいたなら忠告してやりたいくらい、危なっかしい奴らだったよなってことよ。」
 いかにもな飄々とした態度に戻り、よっこらせと席から立ち上がる。張りを失った上着はマント仕立てなのか、ズボンのポケットへと突っ込んでいるらしい手は外から見えずで。船乗りの雰囲気はするのだが、それにしてはあまり逞しい体躯ではなく。腕っ節よりも知恵で立ち回るタイプかしらと、ナミが小首を傾げたその前を、鼻歌交じりに通り過ぎ、すたすた軽快な足取りにて店から出て行ってしまう。

  「な〜んか、その…。」

 結局、何者なのかは判らずじまいで。やはりあれって、こちらの正体が判ってる御仁だったという感触がありありとするのだが、
「何でかな。庇ってくれてた気がする。」
「そうっすよね。」
 海軍へのご注進なんてな行為には走らないと。それどころか、ここを預かる中佐を甘く見るなとの忠告までいただいて。庇うというのか、援護してやるというか、そんな態度ではなかったか?

  「…海賊旗を見たって言ってましたし、俺らのファンですかね。」
  「まさかぁ。」

 キツネにつままれたような気分となって、正体不明のお兄さんが去った後を、ついついいつまでも眺めてしまってた二人であり、ウェイトレスのお嬢さんがコーヒーを運んで来ても、サンジには珍しくなかなか我に返れずにいたそうな。







 埠頭へ連なる道なりに、整備された湾内を眺めやる。巡視船が忙しそうに走っているのは、今朝方の騒ぎを起こした海賊船もどきを探しているからだろうなと苦笑をし、潮風が頬に心地良い中、うんっと背条を延ばしていると。そんな彼へと、お声がかかる。

  「…あ、いた。船長、何してんですよ。」

 午後には出港だって言っといたでしょうよ。彼とは随分と体格差のある精悍な男が、埠頭のある方から軽い速足で駆け寄り、畏まってまではいないながらも“ですます”で話しかけて来るのへ、
「ああ、悪い悪い。」
 ルウとちょっと飯食いに出てた。ルウはとっくに戻ってますよ。容赦のないお返事を返し、肩をすくめて…それから。

  「その食堂に…気になる誰かでも居ましたか?」

 ちょうど向かい合うだけの間を残し、立ち止まった向かいの彼からの一言は。ちょいと意味深に低められた声で紡がれていて。

  「………。」

 それが意味するところを知っていながら、強かそうに口元を吊り上げての笑い顔は微塵も崩さず。

  「さぁな。」

 しっかりとしたお声で応じた男の、血を含んだような赤い髪が潮風になぶられて、額の上で躍る。その目元を抉ってまぶたを頬へと縫い付けようとでもしたものか、何物かの残した傷跡も精悍な、いかにも雄々しい海の男の貌へと戻り、その赤髪を一団の名へと冠された仲間の元へと、悠々とした足取りで戻るシャンクスであり。やはり潮風に揺れてひるがえったマントの下には、隻腕になってもその得手だった剣を提げているのがちらりと覗く。そんな後ろ姿には、逞しいという雄々しさはないが、なのに不思議と野生の猛禽にも似た鋭さがあって。無論のこと、それだけじゃあない、日々の振る舞いの端々で見せて来た、その気概の太さと人柄とが、今の所帯の精鋭たちを彼の膝下へと集めたのだけれど、

  “…やっぱり気になりますか、あの坊主のことは。”

 小さいころは、ただのやんちゃだと思っていたが、さすがキャプテンはお目が高いということか。今のこのグランドラインの勢力図に、大きく波風立てようとしている機運の、その真っ只中へと突っ込んで来ようとしている台風の目であり、あのおチビさんがこうまでのタマに育とうとは、と。赤髪の右腕、副官のベンでさえ予測してませんでしたとの苦笑を見せる。


  ――― その果てに、その深遠に、一体何を隠すのか。
       大いなる航路は、ただ黙って
       多くの船乗りの行く末を見送るばかり…。




  〜Fine〜 07.1.25.〜1.26.

  *カウンター 231,000hit リクエスト
     レイヤ様 『麦ワラ海賊団のメンツたちが、
           それと知らず シャンクスらを前にお喋りをしてゆく』


  *すみません。
   新しいお船を全く知りませんので、
   ゴーイングメリー号設定で書かせていただきました。
   よって“W7”編前です。
   エニエスロビーにもまだ向かってませんし、
   CP9とも対戦してませんし、よって懸賞金も上がってません。
   何だか色々とゴージャスだそうですね。


ご感想などはこちらへvv**

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